ハードモデラー

手技と感性が生み出す心に響くデザイン
ハードモデラー
渡部 達也(わたべ たつや)さん
トヨタ自動車株式会社 クルマ開発センター
デザイン統括部 第1モデルクリエイト課長
■令和5年度愛知県優秀技能者表彰※ 受賞

原寸大の内装検討用モックアップ(模型)


ステアリングや計器類など、内装は実車と見間違うほどの仕上がり
ハードモデラーとは、カーデザイナーのアイデアやイメージを具現化・造形化する職種。新車のデザインを検討し、最終決定に至るまでのモデルをリアルに再現する重責を担っています。担当するのは、フロントグリルやステアリング(ハンドル)、ドアミラー、ランプなどの構成パーツや内装検討用のモックアップ(原寸模型)製作です。
そこには、どのような匠の技が注がれているのか、渡部達也さんにお聞きしました。
『段取り八分、作図が命』
長年にわたりデザイン検討用モデルの各パーツ、内装検討用のモックアップの製作を手がけてきた渡部さん。現在は、樹脂や発泡スチロールなどを材料に製作されていますが、渡部さんがこの道に入った当時は、鉋(かんな)やノミを使って木材を精密に加工し造形していたことから『木型工』と呼ばれていたそうです。



木型工の方が働いていた作業場を再現したミニチュア模型(渡部さんの先輩が製作)
1人ずつに作業台があり、本物を超える完成度を目指し製作にあたっていた。
ミニチュア工具は本物と同じ素材で作られている。
ハードモデラーの仕事は、各パーツの図面をもとに作図することからはじまります。作図とは、作業の段取りを示す重要な作業。渡部さんは、常に頭の中で立体を構築し、一つの木材からパーツを削り出す場合、木材を組み上げる場合など、どの方法が一番段取りよく作業が進められるか、繰り返し検討しながら入念に作図したそうです。



フロントグリルの図面
製品の図面で製造過程がまったく描かれていないため、
モデルを作るには自分たちで作図することが必須。
製作されたフロントグリルのモデル
(木製)
また、木材と木材を組み上げるときのクリアランス(隙間)、塗料や型に巻く布、革の厚みなども考慮し、作図する必要があるとのこと。渡部さんは細部にまで常に気を配っており、「ハードモデラーの仕事は『段取り八分、作図が命』と言ってもいい」と話します。
日々のメモ書きが私の基礎

入社当時、先輩たちの手際のよさに圧倒されたそうです。心がけたことは、先輩たちをよく観察すること。先輩たちの作業を参考にしながら、自分なりの作業の取り組み方を模索してきたと話します。
「作業をしながら気づいたこと、先輩のアドバイスなど、時間を見つけてはメモを取り、毎日まとめていました。書き続けてきたメモ書き、それが私の基礎になっています」。
日々の経験や試行錯誤を積み重ね、先を読んで作業を進める力を磨いたという渡部さん。手がけた中で特に印象に残っているのは、初代セルシオのフロントグリル。初めて自信をもって一人で作れたと感じた仕事だったそうです。トヨタブランドの中でも格付けの高いクルマだからこそ、責任の重さを感じたとも話していました。
「トヨタブランドのクルマは世界中で走ります。街で担当したクルマを見かけた時は、開発中のことを思い出し、モデラーとしての達成感を感じます。特に手技で作っていた若い頃は相当苦労した部分があったので、達成感はひとしおでした」。
高精度を支える自作の道具
「図面の寸法通りに製作するのは当然のこと。私は『美しくつくること』を心がけました」と話す渡部さん。そのこだわりを実現させているのは、木材を巧みに加工する高い精度です。組み上げる際のクリアランス(隙間)には、1/100mmレベルでの加工を意識したとのこと。当時、先輩から「図面の線の太さの中心を基準にしたのか、外側を基準にしたのか」と聞かれたというエピソードからもわかるように、ハードモデラーは、コンマ何ミリという世界で、リアルなモデルを生み出す仕事なのです。
こうした高い精度を支えているのは自分専用の道具。当時は、鉋(かんな)やノミなどの道具を自分で製作したり、コンパスの針は欠けないよう硬い金属に付け替えたりなど、道具にも独自の工夫を加えていたと言います。



渡部さんの工具
小さなパーツまで対応できるよう、多くの種類をそろえている。
中には、手のひらに収まるほどの小さな鉋(かんな)もあり、手作りだという。
また、木材を扱う者にとって木の特性・クセを見抜くことは重要なことと話します。木は『呼吸することで、伸縮やそりが生じる』という特性があることから、長期の休暇に入る前には、製作途中の木型をビニール袋に入れて保管していたそうです。こうした扱う木材についての勉強にも、渡部さんは時間を惜しまなかったといいます。
デザインの魅力を引き出す力
ハードモデラーには、美しい造形の表現力だけでなく、デザイナーの発想を読み解く感性が必要といいます。実際に検討用モデルができた時、しっくりこないということがあるそうです。「そんな場合には、スケッチや言葉では伝えきれないデザイナーのアイデアの原点、デザインの魅力を引き出し、私から提案していきます」と話します。
その一方で、デザイン開発には、空気抵抗、安全、製造など、量販車として満たさなければならない要件が存在します。デザイナーが造形に込めた思いとさまざまな制約。渡部さんは、妥協点を探すのではなく、最善の答えへと導いていくことを常に目指し、製造の各部門と議論を重ね、製品化の道を模索したそうです。
「私たちが大切にしているのは、お客様が笑顔になるものをつくる、喜んでいただけるものしかつくらないという信念です。だからこそ、自己満足はしない。そして、できないとは言わない。それがモデラーとしての私のプライドです」。
次の時代を見据えた挑戦
現在、管理職という立場になり、組織づくりに取り組む渡部さん。一つのテーマは、これまで培ってきた手技の継承です。今では3Dプリンターや加工機を活用しモデルを製作する時代になっていますが、デザインを練り上げていく上で手技は不可欠と話します。
「デザインを決定する上で決め手になるのは人の感性や感覚。人の感情に訴えかける繊細な造形を生み出すのは人であり、手技だと確信しています」。
もう一つのテーマは、これからの時代にふさわしいデザイン検討のあり方。つまり、モックアップによるリアルな検討と、デジタルを活用した検討のハイブリッドです。「リアルとデジタル、2つの利点を活かすことで、デザインの成熟度を効率的に高めていくことが狙い」と、渡部さんは、いち早くVR(バーチャルリアリティー:擬似的体験)を利用して検討する手法の考案に取り組みました。今後は、AIの活用も視野に入れていくそうです。
「私たちには、トヨタグループの最先端を走っていかなければならないという責務があります。同時に、手技をなくしてはならないという信念を持っています。個人的には『次の渡部』を育成すること。それが私の使命です」。

渡部達也さんのプロフィール
工業高校(電気科)卒業後、トヨタ自動車工業株式会社(現:トヨタ自動車株式会社)に入社。デザイン部に配属されハードモデラーとして平成12年まで従事。その後、平成26年までCG業務を担当。デジタル化に対応した施策を打ち出し、デザイン訴求力の向上に貢献。41年間にわたり一貫してデザイン検討用室内モデル製作に従事。
また、後進の育成を目指し、技能五輪アドバイザーとして多くのメダリストの育成・輩出にも尽力しています。
※愛知県優秀技能者表彰とは・・・
技能者の社会的地位の向上、技能水準の向上を図るため、優れた技能を持ち、その技能を通して社会に貢献された方を表彰する制度です。選考は、市町村、商工会議所、商工会および産業団体等からの推薦をもとに行われ、後進の指導育成、社会貢献なども選考基準としてあげられています。