和菓子職人
和菓子文化が伝える季節の移ろいや遊び心を感じてほしい
和菓子職人
杉浦 高穂(すぎうら たかほ)さん
御菓子処 大杉屋弥與八(大杉屋製菓合資会社)代表社員
■令和6年度愛知県優秀技能者表彰※(末尾参照) 受賞
昭和10年の創業以来、町の人々に愛される碧南市の和菓子店「御菓子処 大杉屋弥與八(やよはち)」。三代目の杉浦高穂さんは、受け継がれる味を守りながら新商品の開発に励むなど、職人としての研さんと挑戦を続けています。令和4年には、その卓越した技術が認められ、全国和菓子協会公認の「優秀和菓子職」に選ばれました。
和菓子文化の普及にも積極的に取り組む杉浦さんに、職人としての信念や和菓子に寄せる思いをうかがいました。
地の利と地域の支えでつながれてきた伝統
どら焼きや団子、大福や饅頭など親しみのある和菓子が並ぶ「御菓子処 大杉屋弥與八」。創業者である杉浦さんの祖父が、和菓子屋でのでっち奉公を終えて碧南に帰郷し、お店を始めました。
「戦争中や戦後間もない頃は、材料の調達など苦労も多かったと思います。しかし、近隣の農家さんからサトウキビを分けていただき、甘味料として活用するなど、碧南の地の利や地域の方たちの助けがあって、暖簾を守ってこられたのだと思います。」と話す杉浦さん。
丁寧に手入れされた道具 今では入手困難な道具も多く見られる
祖父、父の背中を見て育った杉浦さんに、幼少期、和菓子屋の仕事に対して抱いていた思いをたずねると「高校生の頃までは、和菓子職人がどれほど大変な仕事かなんて見当もつきませんでした。祖父や父が作ったお菓子を、みなさんが笑顔で“おいしいね”、“ありがとう”と言ってくださる様子を見て、いい仕事だなと思う程度。でも、専門学校を卒業して修業が始まると、和菓子作りの難しさ、和菓子職人という仕事の奥深さに何度も打ちひしがれました。」との答えが返ってきました。
師匠の教えを胸に 妥協しない菓子作りを
杉浦さんは高校卒業後、東京の製菓専門学校で2年間、和菓子職人としての基礎を学びました。転機となったのは、東京の和菓子店での修業を経た後に門戸を叩いた千葉県の「菓匠 京山」です。専門学校時代の講師でもあった店主の佐々木勝さんは、国が表彰する「現代の名工」にも選ばれている和菓子界のレジェンド的存在。杉浦さんは、佐々木さんの下で5年にわたり、住み込み職人として修業を重ねました。
修業時代について「毎日同じように作業をしているのに、全然同じ物ができない。その時の気温や湿度、自分自身のわずかな力加減で出来映えが変わってしまうんです。おまんじゅう1つとっても、自分では丸くしているつもりなのに“ちゃんと丸く丸めろ!”と声が飛んでくる。いろいろな要素を踏まえながら理想の和菓子を作り続ける難しさ、完璧な正解にたどり着くまでの道のりの険しさを実感する日々でした。」と話します。
技もさることながら、今の杉浦さんを支えているのが師匠から学んだ和菓子職人としての心構えです。「まずは材料にこだわること。高価な材料を使うことが正しいということではなく、下処理や炊き方など素材を大切に扱い、持ち味を引き出すための工夫を惜しまないということ。そしてもう1つは、自分が心からおいしいと思える物を作るということ。そのために決して妥協をしないという強い気持ちを師匠から学びました。」
変わらぬ味のために“変える”熟練の技と感覚
師匠から授かった教訓と、修業時代に切磋琢磨した同志との絆という大きな財産を得て、故郷へ戻った杉浦さん。しかしすぐに“自分色”を表現することはありませんでした。
「土地ごとに嗜好性や求められるお菓子は違う。まずはこれまで愛されてきた味、店のやり方を吸収することが大事。」という師匠からのアドバイスを胸に、祖父、父が築き上げてきた店の味を習得し、お客様の声に耳を傾けました。
そして満を持してスタートしたのが、毎月1日に予約販売する餅菓子の「こよみ餅」です。身につけた技術を駆使し、旬に合わせたテーマで作る見た目も華やかな季節の和菓子。これまで、大福や団子など、日々のおやつとして親しまれる和菓子が中心だった「大杉屋弥與八」のラインナップに新顔が加わったことで、手土産や贈り物はもとより、季節を感じられる自分へのご褒美として、毎月楽しみにするファンも増えています。
杉浦さんの代から始めた上生菓子づくり 伝統の技で季節の移ろいを表現
「和菓子の醍醐味の1つは、日本ならではの行事や草花などを表現することで、季節の移ろいを届けられること。」と杉浦さん。
「例えば同じピンク色でも、春の桜と秋のコスモスでは全然色合いが違う。自然が生み出すその美しく、繊細な色合いの違いや形をいかに表現できるかが、職人の腕の見せ所です。」と話します。
杉浦さん自らデッサンを描いて素案を練る
様々なチャレンジを続ける杉浦さんですが、守り続けている伝統もあります。「和菓子屋の命である餡子(あんこ)の味は、祖父の頃から代々続く味を受け継いでいます。ただ、気候変動や年ごとの生産状況によって素材である小豆の品質が左右されますし、仕込む日の温度や湿度によっても仕上がり具合が変わります。当然、召し上がる時の季節によって、お客様の味覚も変わる。“変わらない味”と感じていただくためには、単にレシピ通りに作るのではなく、日々の肌感覚や職人の勘を頼りに、状況に合わせて調整することが大切。」と杉浦さん。
変えないために変える――。ぐつぐつと煮える餡子と会話するように、日々丁寧に微調整を加えることが、変わらぬ味を守るための匠の技なのです。
静と動のバランスで自然の躍動感を表現
数々の道具を操り、まるで息を吹き込むかのように和菓子を作り上げる杉浦さんですが、いくつもの技や工程のなかで、最も職人の力が試されるのは、自らの手だけで形作る茶巾(ちゃきん)絞りだと話します。生地を茶巾で包み、指先や掌の感覚を頼りにふくらみやくぼみを形作り、茶巾でシワをつけながら生き物や植物の躍動感や繊細さを緻密に表現していきます。
掌にのせた茶巾を優しくふんわりと握り、ぱっと開く。すると茶巾の中から、今にも羽ばたきそうな優雅な佇まいの白鳥や、ほころび始めたかのような可憐な花が姿を見せる。流れるような動き、たおやかな手さばきは、まるでマジックショーを見ているように引き込まれてしまいます。
「白鳥」 茶巾絞りが生む繊細なシワと曲線美で しなやかな優雅さを表現
杉浦さんは令和4年、伝統的な和菓子の製法を守り、優れた技術を有する者を認定する全国和菓子協会の「優秀和菓子職」に選ばれました。県内では5人目です。
審査の際に意識したことをたずねると「常々心がけていることですが、勢いを大切にしています。お菓子のかわいらしさがありながらも、躍動感を演出する。静と動のバランスやメリハリによって、四季折々の風景や動植物の生き生きとした表情を伝えることを念頭に置いています。」と語ります。
コンテストや研究会に積極的に参加することで、現状に甘んじることなく常にアンテナを張り、さらなる高みを目指す杉浦さん。今後の夢についてもうかがいました。
「地元の名所をモチーフにしたお菓子や、特産品を使ったお菓子を考案中。後世までずっと愛される“大杉屋の代名詞”のような銘菓を生むことが今の目標です。」
「“餡子離れ”と言われることもありますが、日本が誇る和菓子文化が伝える遊び心、自然を慈しむ心、そして何より和菓子のおいしさを子どもたちにも知ってほしい。」学校やイベントから声が掛かれば極力足を運び、和菓子文化のPR活動にも積極的に携わる杉浦さん。今後も菓子作り体験や情報発信などを通じて、和菓子ファンの輪を広げていきます。
皮をむき始めたみかんを表現 実演を見た高校生から感嘆の声が上がったそう
杉浦 高穂さんのプロフィール
碧南市生まれ。高校卒業後、東京の製菓専門学校へ進む。卒業後は東京の和菓子屋での修業を経て、専門学校時代の講師だった佐々木勝氏が営む千葉県の「菓匠 京山」へ移り、5年間修業。28歳の時に碧南市に帰郷し、家業である「大杉屋弥與八」の三代目に。平成30年に厚生労働省「ものづくりマイスター」、令和4年に全国和菓子協会「優秀和菓子職」に認定される。
御菓子処 大杉屋弥與八(大杉屋製菓合資会社)
昭和10年創業。当初はパンやキャラメルなどの製造・販売も手掛けていたものの、町の人たちのニーズが高かった和菓子に重きを置くように。二代目が生んだ「蒸しどら」をはじめ、暮らしに息づいた朝生菓子、特別感のある上生菓子など多彩な品ぞろえ。地元産のみりんや白醤油を使ったどら焼き、名産のニンジン「へきなん美人」を使った洋菓子など、地域の資源を取り入れた商品開発にも取り組む。
所在地:愛知県碧南市錦1-36
営業時間:午前9時~午後6時
定休日:月曜、第4火曜
※愛知県優秀技能者表彰とは・・・
技能者の社会的地位の向上、技能水準の向上を図るため、優れた技能を持ち、その技能を通して社会に貢献された方を表彰する制度です。選考は、市町村、商工会議所、商工会および産業団体等からの推薦をもとに行われ、後進の指導育成、社会貢献なども選考基準としてあげられています。
(令和7年10月取材)
