あいちの労働あれこれ


伝統と創造から生み出す鬼瓦

鬼師(おにし)
梶川 俊一郎(かじかわ しゅんいちろう)さん

 有限会社鬼亮 代表

 ■令和5年度愛知県優秀技能者表彰※ 受賞

 日本三大瓦のひとつである「三州瓦」の生産地・愛知県西三河地方。この地域に生まれ育った梶川俊一郎さんは、鬼師(鬼瓦職人)として伝統の技を受け継いで技能を磨き、手づくりの鬼瓦ならではの魅力を追求し続けています。その一方で、鬼師として培ってきた技を活かした彫刻作品づくりにも挑戦。
 幅広く活躍する梶川さんに、鬼師としての作品へのこだわりや思いについて伺いました。

さまざまな思いの象徴『鬼瓦』





 鬼瓦とは、日本の伝統的な建築物の棟の端などに配置されている装飾瓦のことです。厄除けや家族の繁栄、無病息災など、さまざまな願いや思いを込めて飾られるようになったそうです。鬼瓦は鬼の顔をしたものだけでなく、モチーフはさまざま。雲や波、七福神をはじめ、家紋や文字を入れたものもあるとのこと。こうした鬼瓦を手づくりするのが『鬼師』と呼ばれる職人です。
 『三州鬼瓦』は、国の伝統的工芸品に指定されている工芸品の一つ。現在、和風建築の瓦屋根が減少したことで全国的に鬼師の数も減っていますが、その中にあって西三河地方では今も多くの鬼師が精力的に活動を続けています。


三州伝統の『雲』のデザイン
デザインは地域によって異なるという


土に全身全霊を込める

 碧南市にある梶川さんの工房におじゃますると、制作現場は、静寂に満ちていました。数十年〜数百年前に作られた鬼瓦の復元や特注品を手がける梶川さんは、この日、お寺の屋根に設置する鬼瓦作りに取り組んでいました。注文の鬼瓦は中国の神話に登場する四神で、このとき取りかかっていたのは、白虎(びゃっこ)の制作です。




 伺ったのは夏真っ盛りの8月。風の影響で粘土が乾いてしまうため、厳しい暑さでも、作業場は窓を閉め切り、エアコンも付けずに、寡黙に、そして丁寧に、一人で作業を進めていきます。
 虎に縞模様を入れる梶川さんの目は真剣そのもの。図面を確認しながら、ヘラを小気味よく使い、勢いのある線を描いていきます。その姿は、作品に命を吹き込んでいるようです。
 この作業を終えたら、乾燥させ、焼き上げます。図面制作から鬼瓦の原型制作、焼きに至るまで一連の工程を鬼師はすべて担っているのです。


立体的に描かれた白虎の図面



完成した青龍と朱雀
三州伝統の雲があしらわれている


鬼師のための学びが形に


 鬼師になるため芸術大学へ進学し、彫刻を学んだ梶川さん。そこで得た経験は、大いに活かされていると話します。
 その一つは、ものを立体的にとらえ、造形すること。図面を描く際や完成形をイメージしながら作品を作る際の強みになっているそうです。
 また、写実的な造形もその一つ。鬼面や虎、龍などの制作では、骨格や肉づきなどを緻密に考え、迫力や躍動感を表現しているとのことです。
 そして、リアルな造形を生み出すために、梶川さんは、あえて手を使って仕上げています。





 「金ベラを使って最後の仕上げを行う鬼師が多いのですが、私はあまり道具を使いません。それは、自分がイメージする現実味のある形をより忠実に表現できるからです。また、作品にやわらかさ、あたたかみを出したいということも理由のひとつです。ヘラを使うとカチッとしすぎてしまう感覚があるからです。
 目指すのは、説得力のある造形。見た人の心に素直に入っていく造形です。彫刻で学んだ感覚は、これからも鬼瓦作りに活用していきたいと思っています」。


関節の動きや筋肉の隆起など リアルさを手で造形する


手仕上げならではの風合いが特徴的




梶川さんは迫力を出すために 鬼面をぐんと盛り上げ 目に影がかかるようにしている



『三州』伝統の技と工芸を後世へ


 梶川さんの師匠は、鬼師であり父である亮治さん。父から学んだことは、同じものを二度と作らない姿勢だそうです。鬼瓦は、型紙に合わせて粘土を切り取り、そこに側面と裏面を張り付け、表面に飾りとなる粘土を盛り、全体の形を作り上げます。父・亮治さんは、制作のたびに型紙を起こしたり、一度使った型紙でも変化を加えて新しいものを作ったりしてきたそうです。


鬼瓦作りに使われる型紙
父・亮治さんのものを受け継いでいる




 この姿勢を梶川さんは見習いたいと話します。「父の作品には華があり、ダイナミックな迫力があります。私もそんな鬼瓦を試みたこともありますが、やはり父にはかないません。だからこそ、私は私なりの表現、つまり『三州』伝統の技を大切に残しながら、新しい造形を生み出す、このことに挑み続けていきたいと思っています」。



 最後に、梶川さんに鬼師としての思いを伺いました。
 「私の願いは、鬼瓦への理解が一人でも多くの方に広がっていくことです。鬼瓦には家を建てた人の願いや思い、そして作り手である鬼師の思いが込められています。将来、建て替えて屋根から降ろされた鬼瓦を玄関や庭などに飾るなどして、その家の象徴として代々受け継いでいただきたい。そんな鬼瓦をつくり続けることが私の目標です」。




梶川俊一郎さんのプロフィール


 鬼師である父の姿に憧れ、鬼師の道に進むことを決意。名古屋芸術大学美術学部彫刻科を卒業し、父のもとで鬼瓦の制作に従事。現在は、家業を継ぎ、有限会社鬼亮の2代目。
 鬼師の制作歴は、南禅寺(京都市)、建長寺(鎌倉市)、金剛證寺(伊勢市)、皇居・桜田門(東京)、会津鶴ヶ城(福島)など多数。念佛宗無量壽寺(兵庫)の本堂鬼瓦(10尺)はギネスブックに登録。
 彫刻家としては、平成11年に日展に入選。平成15年以降、日展に連続入選。平成21年、日展で特選。同年、日本彫刻会展覧会で優秀賞。藤井達吉現代美術館(碧南市)のモニュメント制作をはじめ、さまざまな展覧会などで作品を発表。


金剛證寺 開山堂(三重県)



大棟鬼(4尺6寸)



誕生寺 祖師堂(千葉県)


大棟鬼(七尺)


唐破風鬼(三尺二寸)



藤井達吉現代美術館(碧南市)



モニュメント シラネアオイ



有限会社鬼亮(ホームページ)


愛知県優秀技能者表彰とは・・・

 技能者の社会的地位の向上、技能水準の向上をはかるため、優れた技能を持ち、その技能を通して社会に貢献された方を表彰する制度です。選考は、市町村、商工会議所、商工会および産業団体等からの推薦をもとに行われ、後進の指導育成、社会貢献なども選考基準としてあげられています。

愛知県優秀技能者表彰(愛知県ホームページ)