あいちの労働あれこれ


多能工化で休みやすい環境を整え  「選ばれる職場」へ

 人手不足が深刻化するモノづくりの現場。そんな中、安城市にある株式会社エーピーシィは、現場人員のほとんどが非正規雇用者という体制を見直し、「休みやすい職場づくり」を実現することで、多くの求職者に選ばれる会社へと変貌を遂げました。
 今回は、職場改善に込めた想いや具体的な施策とその成果について、同社の安藤 寛高社長にお話を伺いました。



取引先からのクレームに悩まされる日々


代表取締役社長 安藤 寛高 さん


 『株式会社エーピーシィ』は、自動車のドアやウィンド周りに使われる「押出モール」という樹脂部品の加工を専門とするモノづくり企業です。昭和53年の創業以来、大手自動車部品メーカーからの受注を中心に成長。さまざまな車種の外観を左右する外装モールを数多く手がけ、ニッチな分野で確かな技術と対応力を培ってきた会社です。

 そんな同社が「職場改善」に本格的に取り組み始めたのは、平成29年頃のこと。当時、製造現場の大半を非正規雇用者が占め、正社員比率は1割にも満たない状態でした。日々の業務は人手に頼らざるを得ないが、採用してもすぐに辞めてしまう。そうした不安定な雇用構造が、生産性の低下や品質クレームの発生といった事態を招いていました。

 「当時の現場は、派遣社員や技能実習生が中心でした。新しく入ってきた人が、引継ぎもなく、いきなり工程に入ることも。当然、品質トラブルが起き、取引先からのお叱りを受けることが何度もありました。」と安藤社長は当時を振り返ります。

 優秀な人材を確保して業務の改善を図りたいと考えましたが、安城市という地域の特性もあり、採用面で大きな課題に直面していました。周辺には、自動車部品メーカーを中心に大手企業が拠点を構えており、労働市場は“超”売り手市場。単純に条件面を比較すると、どうしても中小企業が不利になる構造があったのです。「同じ土俵で戦っても勝ち目がないと感じました。そこで他社があまり注目していない層をターゲットにする必要があると考えたんです。」と安藤社長。その答えが「女性の正社員雇用の拡大」でした。製造業においてはいまだに「男性中心」という意識が根強く残る中、あえて逆張りの発想で「女性が長く安心して働ける環境づくり」に舵を切ったのです。




「女性の正社員雇用の拡大」をテーマに「女性が働きやすい職場づくり」を実現


 同社ではこのタイミングで、自社の組織体制や人材育成方針を見直し、経営理念を一新することを決断。新たなビジョンの1つ目に「女性社員にとって働きやすい、魅力のある会社」と明記したのです。「そのほかにも “ ダイバーシティ(多様性)”や“休みやすい職場環境”を明文化し、経営者としての覚悟を固めました。理念として掲げた以上、後戻りはできません。制度も運用も本気で変えていくしかないという気持ちになりました。」と安藤社長。こうして始まったエーピーシィの職場改革は、「非正規依存からの脱却」「定着率向上」「多様な人材が活躍できる環境づくり」をテーマに、着実に歩みを進めていくことになったのです。



「休みやすさ」は「仕組み」でつくる


 同社が取り組んだのが、社員一人ひとりが複数の業務をこなせる「多能工化」の推進でした。「属人的な業務体制では、誰かが休むと業務が滞る。だから休めない。でも“みんながいろんな仕事を少しずつできる”という体制にすれば、自然と休みやすくなるんです。」と安藤社長は話します。

 多能工化に向けては、業務の棚卸を行い、製造に関わる部門では約200項目、製造以外の部門では 約400項目のスキル項目をリスト化。それぞれに対して「できる・できない」を自己評価する仕組みを整え、項目をクリアすれば人事評価や給与に反映される制度を構築しました。スキルの可視化は、社員の成長意欲を引き出す効果も生んでいます。さらに、制度面では「有休ポスト」や「残業管理表」といったユニークな取り組みもスタート。有休ポストは、取得希望日を記入してポストに投函するだけで申請が完了する仕組みで、上司の事前承認は不要です。これにより、有休取得に対する心理的ハードルが大きく下がりました。


有休ポストに書類を提出すれば いつでも気兼ねなく休みが取れる


 「いつでも休める」という安心感から社員も主体的に働けるようになり、忙しいときは協力し合い、休むときはしっかり休む柔軟な働き方が浸透しつつある同社。 個人面談も年に数回実施しており、直属以外の上司を相談相手として選べる仕組みにしています。「直属の上司だから言いにくい」という声にも配慮し、社員の意見を吸い上げる仕掛けが全社的に設計されているのです。


定着率アップと同時に品質も大幅向上

 こうした一連の取り組みによって、職場の雰囲気は大きく変わりました。特に顕著なのが、女性社員の活躍ぶりです。

 入社5年目の河村莉菜子さんは、最初は製造ラインで働いていましたが、フォークリフトの資格を取得し、今では製造ラインの仕事だけでなく、倉庫での出荷作業などを幅広く担当する「多能工」へと成長しました。「項目に応じてスキルが可視化されるので、目標が持ちやすく達成感があります。今は第一種衛生管理者の資格も取得し、安全衛生委員会活動にも参加しています。」と話します。




13種の資格を取得し  慣れた手つきでフォークリフトを操作する河村さん


 また、入社3年目の鴫山知咲さんも「前職では有休を取るのも一苦労でしたが、ここでは制度が整っていて本当に働きやすい」と語り、現場作業だけでなく、事務の領域まで自らの業務範囲を広げることでキャリアアップを図っています。


会社見学を通じて女性でも働きやすい
職場だと感じて入社を決めた鴫山さん



 かつて非正規率が9割を超えていた同社では、ここ5年間で中途採用25名、新卒6名を正社員として迎え入れるなど、正規雇用の比率は着実に向上しました。また、定着率も向上しています。以前は短期間で退職する人が珍しくありませんでしたが、近年は退職する社員がほとんどいないそうです。社員の自発的なスキル習得が進み、柔軟な人員配置が可能になったことで、業務の安定性や生産性も大幅に改善しています。その成果は品質向上の面にも顕著に表れており、数年前まで多い時には年間10件ほどあったクレームも、現在ではほぼゼロに近い水準を維持しているそうです。


さらなる「働きやすさ」を追求

 同社が次に見据えているのは、さらなる職場環境の改善です。その一つが「所定労働時間の10分短縮」。現状は午前8時~午後5時の勤務時間を、地域の特性を踏まえて午後4時50分終了にする予定だと言います。同社の周辺地域では午後5時前後に渋滞がひどくなり、帰宅時間を10分早めるだけで空いている時間にスーパーが利用できたり、家事の時間をより多く確保できたりします。10分の時間短縮を通じて従業員の生活の満足度を高めるのが狙いです。

 また、今後予定している新工場への全面移転にあたっては、職場の空間設計にも工夫を凝らす考えです。社員食堂には“おひとりさま用カウンター席”を設け、誰もが自分らしく過ごせる多様性に配慮した空間を目指しています。「“多様性”とは、皆が仲良く過ごすことではなく、それぞれの心地よいスタイルを尊重すること。人との関係も、適度な距離感があってこそ大切にできるはずです。」と安藤社長は話します。


オシャレな壁紙を用いた開放的な休憩スペース


熱中症対策のため 自由に飲めるスポーツドリンクも用意


“普通の人”が、普通に長く働ける会社へ

 株式会社エーピーシィの職場改善の根底にあるのは、「特別な人だけが活躍する会社ではなく、“普通の人”が普通に長く働ける会社をつくる」という考え方です。

 「大企業ではタフな女性が活躍しているケースも多いと思いますが、うちは必ずしもそうではありません。家庭やプライベートを大切にしながら、どんな方でも長く、安定して働ける場所でありたい。それが結果的に企業の持続性にもつながると信じています。」と語る安藤社長。 同社の職場改革は、特別な予算や外部コンサルに頼ったものではなく、現場の声と経営者の意思によって一つずつ積み上げられてきたものであり、多くの中小企業にとって「明日からでも真似できる一歩」が散りばめられた事例といえそうです。

 「多能工化」や「有休ポスト」の導入など、柔軟な制度設計によって「誰もが働きやすい職場」への転換を進めた同社の取り組みは、離職率の低下や生産性向上といった課題を抱える多くの企業にとって、大きなヒントになると思います。



DATA

株式会社エーピーシィ(愛知県安城市赤松町新屋敷264)



 自動車用プラスチック製外装部品を手掛けるモノづくり企業。押出成形メーカーが大量生産する自動車部品の二次加工に幅広く対応しています。なかでも長尺製品の加工を得意としており、ルーフモールやウィンドシールドモールなどの外装モールを幅広く手掛けることで、自動車のデザイン性や機能性の向上、静粛な車内空間の実現などに貢献しています。



株式会社エーピーシィ ホームページ

(令和7年7月取材)