労務管理WEB連載コラム



1 解雇に至る最後の一押しの難しさ

 解雇に至る実務対応において、以下のプロセスを経るべきであると言われております。
口頭による注意・指導→書面による注意・指導→軽い懲戒処分→重い懲戒処分→解雇
 ところが、実際にこのとおりにプロセスを踏んだとしても解雇が無効とされてしまう場合もあります。
 特に難しいのは最後の解雇をするという意思決定です。このような問題行動を起こす従業員は、定期的に問題行動を起こすため、どの時点で対象従業員との労働契約を解消するのか非常に判断が難しいのです。
 解雇まで至れば、法的紛争になり訴訟にまで至る可能性もあり慎重に判断することになります。




2 みずほビジネスパートナー事件(東京地裁令和2年9月16日判決)

(1)事案
 みずほビジネスパートナー事件(東京地裁令和2年9月16日判決)は過去に窃盗で7日間の出勤停止、その後にも2名の女性に対するセクハラで2週間の出勤停止と、計2回の懲戒処分を受けていた者が、業務上のミスも繰り返し、さらにセクハラ的言動を繰り返したことから普通解雇された事案です。

(2)裁判所の判断
 裁判所は①半年間にわたり「可愛い、素敵」「今度食事に行こうね」「メールアドレス教えてほしい」と繰り返し述べる、自分のメールアドレスを書いた名刺を強引に渡す、②女性社員の携帯番号を教えられていないにもかかわらず、懇親会後に「無事帰れてますか?」などのショートメールを送信する、正月休み中に「最後の日にご挨拶できずにすみませんでした。今年もよろしくお願いします」とショートメールを送信する、③女性社員のジャケットを見て「季節が変わりましたね」「素敵なスカートですね」と発言する、女性社員から「今、そんなことは言えないのでは」と問いただされるも無反応、④急いで階段を降りる女性社員に対して後ろから「早いですね。スポーツされている足ですね」「筋肉質な足ですね」との事実を認定しました。



 ⑤女性社員に対し「○○さんは可愛い」などと執拗に述べる、女性社員の肩に触れる、「食事に行こう」などと誘う、⑥女性社員個人の携帯番号を教えられていないにもかかわらず、ショートメールを送信する、⑦違う女性社員に対して同じく番号を教えられていないにもかかわらずショートメールを送信するという言動については供述者匿名の伝聞証拠にもとづくものであり反対尋問ができず、事実は認められないと判断しました。
 判決は①~④の事実関係については認定しましたが、①以外はセクハラには該当しないとし、また、①についても直接的な性的言葉や身体的接触を伴うような悪質なものではないとして、いまだ会社と当該社員との間の信頼関係は破壊されたとまではいえないため、解雇は無効であると判断しました。



3 なぜ解雇が無効になったのか?

 私個人の感覚では、使用者側で労働事件に関与しているということもあるかもしれませんが、過去の窃盗、セクハラでの懲戒歴の存在、セクハラかどうかは置いておいて、女性従業員が嫌がる行為を行っていたのに、なぜ解雇無効となるのか理解に苦しみます。
 一方、私なりに解雇が無効になった理由を考えてみますと以下の点が挙げられると思います。

・セクハラと評価された「①半年間にわたり「可愛い、素敵」「今度食事に行こうね」「メールアドレス教えてほしい」と繰り返し述べる、自分のメールアドレスを書いた名刺を強引に渡す」行為は過去のセクハラによる懲戒処分よりも前になされた行為であり、やや解雇の理由としては弱い気がします。
・セクハラ行為の他に会社は業務上のミスを36個も主張しましたが、原告のミスと認められないものもあり、ミスと認められたものについても軽微なミスでした。
・解雇を目的として会社が証拠を積み重ねたと裁判官が感じたのではないかと思われ、セクハラ行為については1~2年前の事実を解雇前にヒアリングして判明したものがほとんどでした。
・また、形式的には本人は反省文を都度提出しており、外形上は反省しているように見えました。セクハラ行為も認めるべき点は認めていました。
 上記から、私なりに解雇が無効になった理由を推測すると、会社としては解雇という結論が先にあり、そのために証拠を集めた可能性が高く、そしてその証拠が解雇の決定打になるような重大なものがなかったことが解雇無効となった理由ではないかと推測します。



 では、どうしたらよかったのでしょうか。私が相談を受けていたとしても、解雇可能とアドバイスしていたかもしれません。非常に難しい判断だったと思います。
 本件において、裁判所は非違行為があったことは認めつつも、比較的以前の話であることを強調しております。時系列で事実を並べてみると解雇まで行うには今一歩理由が足りないと判断したものと思われます。
 会社側として、解雇前に行うべき一つの方法としては、時系列で起きた出来事を並べてみるということを行ってみても良いかもしれません。意外と時系列で事実を並べてみると、空白の期間があったり、最近は思ったほど非違行為が無いということに気づいたりすることがあります。
 解雇するべきか否か判断に迷った場合は是非時系列で事実を並べることをお勧めします。



 また、「白くする捜査と黒くする捜査」という言葉があります。捜査の現場はつねに相手がクロだと思って、黒くするための捜査をします。そうすると、相手がシロである証拠が目に入らなくなります。そこで「白ではないか」という視点のもとでもう一度捜査をし直すと、見落としていた被疑者がシロである証拠が浮かび上がってくることがあるという意味です。
 解雇においても同じで、対象従業員を解雇しようと思うと、会社に不利な証拠が目に入らなくなります。そこで解雇無効となるのであれば、どのような理由で解雇無効となるのかと考え直すと、解雇無効になり得る証拠や理由が浮かび上がってくる可能性があります。
 解雇をする前にもう一度別の観点から検証し直すことも必要となります。