労働判例から学ぶ労務管理の留意点 連載第1回
労働判例から学ぶ中小企業の労務管理
1. 労働法における判例の重要性
どの法律分野においても判例は重要ですが、特に労働法においては、その重要性が際立っています。労働紛争の解決においては、法律に明確な規定がない部分が多く、その解決方法は判例に依存していることが多いのです。
判例法理では、権利の濫用、公序良俗、信義則といった一般的な条項を用いて、具体的な規範を構築しています。労働契約法の多くの条文は、このような判例法理を法律の形で取り入れたものです。例えば、労働契約法第16条は、解雇権濫用の法理をほぼそのまま成文化したものです。
ただし、採用内定、試用期間、配転の法理など、まだ労働契約法に取り込まれていない判例法理も存在します。これらの判例法理を知らなければ、実務上の多くの問題に対応することが難しく、施行規則や通達だけでは解決できないことが多いのです。
2. 判例の読み方
(1)どこを読むか
現在の民事事件判決は大きく分けて前提事実、当事者の主張、判断に分けて記載されております。非常に長いものが多く、全てを読むことは非常に困難です。私の場合は前提事実と判断のみを読むことにしています。当事者の主張は原告と被告の言い分を整理しているもので、時間があるときに読めば良いと思います。
(2)どのように読むか
判例の読み方について本稿で全て伝えるのは難しいので、私なりの実務で大きなポイントになる点が分かる読み方についてお伝え致します。
① 訴訟は推理小説である
以下の文章は当時の現役裁判官(富田善範裁判官 平成28年当時東京高裁14民部総括判事)がどのようにして訴訟の勝ち負けを決めるのかを話した大変興味深いものです(平成28年2月8日の講演「現代の民事裁判における裁判所の役割」(平成27年度司法研修所特別研究会7(現代社会における法と裁判)2/2参照)。
東京高等裁判所の部総括判事(三名の裁判官の中で一番真ん中に座る裁判官)というポストは、限られた裁判官のみが辿り着けるポストと言っても過言ではない重要な地位であり、言葉に重みがあります。
「私は,民事裁判はミステリー小説ではないかと思っています。要するにぽつん,ぽつんと書証がありますが,その書証をつなぐものが直接ないのです。特に訴訟の最初の段階では余り出てこないものですから,裁判官には事実関係がよく分からないわけです。」
意外に思われるかもしれませんが、日本の民事裁判の実態はこのような感じで進みます。代理人弁護士が自分に有利な証拠のみを出すため、証拠がほとんど出てこないまま訴訟が進んでしまいます。
② 本音か建前かを常に見ている
「多くの場合,陳述書はほとんど準備書面に書いてあることと同じことを書いてきます。ですから語弊がありますけれども,やはり弁護士の作文の域を出ないということがよくあります。したがって,普通は尋問が必要になります。」
「民事事件で,少なくとも契約絡みの事件で動機がない事件というのはまず考えられないと思います。民事事件は,お金,異性及び親族,そして事故が原因になりますが,少なくとも前二者について,人間の行動には動機がないはずがないのです。
その動機に基づく行為が合理的かどうかで民事事件というのはある程度分かり,心証が掴めるのです。そして,その部分はやはり本人は知っているので,本人がどう説明するかというのがポイントになります。だから尋問においては,そういったところを多角的に聞いていくというのが大事になります。」
労働事件で言えば、例えば配置転換の無効を争う事件や労働組合が絡む事件では使用者の行為の目的・意図が問題になります。
当然、労働者側は「嫌がらせのための配置転換だ」と主張し使用者は「業務上の必要性に基づいた配置転換だ」と主張することになります。
しかし、上記裁判官の記載を見ると、形式だけの理由は勝敗を決めるにあたってほとんど関係が無く、要は「本当のところはどうなのでしょうか?どうしてこのような配転命令を行ったのですか」ということを知りたいのだと思います。逆にいうと本音がどこにあるかを非常に気にしているということかと思います。
(3)具体的にどう読むか
① 整理解雇と矛盾する事実
例えば、学校法人明浄学院事件(大阪地裁令和2年3月26日判決)では、専任教諭を整理解雇したにもかかわらず、直後に新たに13名を採用しています。本来人件費削減のために整理解雇を行っていることと矛盾する行動を示しています。
この種の事例は非常に多く、元々退職して欲しい従業員が決まっており整理解雇という形を採ったけども、実態はそこまで人件費削減の必要性はなく、結局直後に新しく人を採用してしまっているのです。本音がつい出てしまう場面となります。
② 初めから解雇ありきのPIPだったのではないか
ブルームバーグ事件(東京地裁平成24年10月5日判決)では、原告に提示されたPIP(パフォーマンス改善計画)において、「Best of the week」(その週で一番評価が高い記事の内の1つ)に選出されていることを求めていましたが、「Best of the week」に1つも選ばれていない記者は他にも多数いることから、「Best of the week」に選出されなかったことを解雇理由の1つにすることは不適当であると判断しました。要するに、達成が難しいノルマを敢えて課し、達成できないことを理由に解雇ありきの内容であったのではないかと判断しました。
③ パワハラ
路線バスを駐車車両に接触させる事故を起こしたバス運転士に対し、営業所所長が、下車勤務として1か月の営業所構内の除草作業を命じた事案があります(神奈川中央交通(大和営業所)事件・横浜地裁平成11年9月21日判決)
下車勤務を命じたことや除草作業を命じること自体が違法ではないとしつつも、期限を付さず連続した出勤日に、多数ある下車勤務の勤務形態の中から最も過酷な作業である炎天下における除草作業のみを選択したこと等から違法な業務命令と認定しました。この場合も期限を付けないこと(退職するまで実施すると推定したと思われます)、あえて真夏の除草作業を連日行わせたことから、退職させる目的があったと認定しました。
3. まとめ
ぜひ様々な裁判例を読んでいただき、裁判所がどの点から会社の意図なりを推定しているのか考えながら読んでいただくと実務に役に立つものと思われます。